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犬歯(糸切り歯)の役割
犬歯はいわゆる「八重歯」「糸切り歯」とも呼ばれる歯で、歯並びのカーブの角に位置している歯で、どの歯よりも「太くて長い根」をもつといわれています。
研究結果によると、上顎の歯の歯根の長さは平均して14㎜程度ですが、上顎の犬歯は18㎜程度と4㎜長い結果が出ています。
また、下顎では、犬歯以外の歯は平均して歯根が12mmから14㎜程度ですが犬歯は16㎜と、こちらも犬歯はほかの歯に比べて長い歯根を持つとされています。
(参考:日歯週誌 第24巻2号 歯根表面積に関する研究(2020-11-05))
太くて長い歯根を持つ犬歯はほかの歯に比べて寿命が長い丈夫な歯で、一般的に一番最後まで抜けずに残る歯です。
犬歯は、下顎を横に動かしたときの動きを決定する役割を担っています。
奥歯を噛み合わせた後、歯を擦り合わせながら下顎を横に動かしていくと、顎を動かした側の奥歯から順に離れ(posterior separation=後部分離)、最後には犬歯だけが当たり、他のすべての歯は離れているという状態になります。これを「犬歯誘導」と言います。
上下顎の犬歯一点が噛み合っていることで糸が切れるということから糸切り歯と呼ばれるようになりました。
奥歯は噛む面が広いため擦りつぶす動き(噛む面にかかる負荷)には強いですが、横からの力(歯の側面からかかる負荷)には弱いとされています。犬歯が当たって奥歯が接しないようになることにより、奥歯を横から伝わる力から守ることができます。
また、犬歯は噛み合わせの位置を定めるのに役立っているといわれています。
かちっと噛んだ時の上下の顎の位置と左右に動かしたときの顎の位置や動く方向を決める上記で説明した犬歯誘導を行います。
意識的に唾を飲み込む時に上下の歯は噛み合います。口を開けたままで唾を飲み込むことは非常に難しいでしょう。このときに噛み合う位置を「咬頭嵌合位(こうとうかんごうい)」といい、これは上下の歯が最大面積で接触する位置です。
ほかにも、犬歯は肉食獣でいう「牙」の役割があり、強い力に耐えられる力があります。
食べ物を噛み切る、擦りつぶすといった役割はありませんが、ほかの歯にかかる強い力を引き受け、緩和する働きがあります。
犬歯は、お口の健康を維持していくために非常に大切なものなのです。
もしも犬歯(糸切り歯)を失ったら
犬歯を失うと側方への下顎の運動もうまくいかなくなります。ほかの歯が残っていても噛み合わせが狂ってしまったり、強い負荷がかかることで痛みがでたり、咀嚼効率が落ちてしまう原因となります。たとえ片側だけでも犬歯を失えば、顎のバランスは大きく狂いかねません。
犬歯を失った場合の治療
犬歯を失ってしまった場合、どのような治療法があるのでしょうか。
ブリッジ
犬歯を補うために、残存している自分自身の歯を土台としたブリッジを入れることで歯を補うことができます。犬歯を補うブリッジであれば、前歯のため公的医療保険を適用して白いブリッジを作成することができます。
ただし、本来は歯の根が太く長い犬歯であるから耐えられる負荷を、ほかの歯で受けることになるため、土台となる歯には大きな負担がかかります。そのため、犬歯を失い、公的医療保険を適用したブリッジで補う場合、犬歯の両隣の歯+1本の計3本の歯が土台となります。
(例)
・1番前の歯+前から2番目の歯+前から4番目の歯
・前から2番目の歯+前から4番目の歯+前から5番目の歯
通常のブリッジは失った歯の両隣の2本を土台として作成しますが、犬歯は3本を土台とする必要性があります。
たとえ土台となる歯には虫歯がなく、健康な歯であったとしても3本を削り、土台として被せ物を作成する必要があります。
公的医療保険を適用しない場合はこの限りではありませんが、補うための土台となる歯に大きな負担がかかることは変わりありません。
入れ歯
失った犬歯を補うために入れ歯を入れる方法です。
犬歯1本のみを失っている場合、両隣の歯に入れ歯のバネ(クラスプ)をかけることによって入れ歯を支えますが、この方法だと上記でもご紹介した通り両隣の歯に大きな負担がかかります。
また、入れ歯でしっかり噛めるようにしてしまうと負荷に耐えることができず入れ歯が破損してしまう可能性が高くなります。
見た目的にも、公的医療保険適用の入れ歯では金属のバネのため目立ってしまいます。
犬歯を1本失った場合に入れ歯で補う治療はあまり選択されない傾向にあるといえるでしょう。
インプラント
犬歯があった部分にインプラントを埋め込み、補う方法です。
周りの健康な歯を削らなくて済むほか、インプラント体が犬歯の根の代わりの役割を果たしてくれるため、ほかの歯にかかる負荷がありません。
犬歯の位置はほかの歯の部分と比べると顎の骨の量が十分にある傾向であり、インプラントを行える可能性も高いでしょう。
公的医療保険が適用されないため、公的医療保険を適用したブリッジや入れ歯に比べて費用が高くなります。
犬歯は大切にしましょう
犬歯に限らずすべての歯が大切ですが、その中でも咀嚼やかみ合わせで重要な役割を担っているのが犬歯です。
犬歯を失ってしまうと、ほかの歯を失う結果につながる可能性も出てきます。
日本では犬歯が両隣の歯よりも前に出ているいわゆる「八重歯」が可愛いとされる傾向にありますが、八重歯は犬歯本来の噛み合わせの位置の調整や奥歯を守る働きができません。
そのため、犬歯を長く保つためにもほかの歯の噛み合わせや健康のためにも、矯正治療の対象となります。
犬歯を失ってしまうと、お口の中に大きな影響を及ぼし、結果として全身の健康にも影響が出てくる可能性が高いといえるでしょう。
犬歯の治療は歯科医師とよく相談し、患者さんのお口に合った治療法を選択するようにしてください。
記事監修
歯科医師 古川雄亮 先生
国立大学歯学部卒業後、大学院において歯のエナメル質の形成に関わる遺伝子研究を行い、アジア諸国で口腔衛生に関連する国際歯科活動にも従事した。歯学博士修了後、南米の外来・訪問歯科診療に参加した。 2019年10月10日Nature系のジャーナルに研究論文「HIV感染患児における免疫細胞の数と口腔状態との関連性について」を公開。